「三遊亭小遊三のスイング寄席」は武蔵野スイングホール指定管理者の変更に伴い、2025年3月11日(火)をもって、一度終止符を打ちます。
23年続いた「三遊亭小遊三のスイング寄席」。最終回への道のりを、運営スタッフの目線でお届けします。
第4回は「ついに最終回」と題して、公演レポートをお届けします!
公演日の朝、私(担当者)は納品されたネタ帳の展示用紙を携えて、スイングホールへ。パネル3枚に展示用紙を画鋲で止めていきました。
と、準備をしていると、職員が昔のスイング寄席のポスターを発見!
スイングホールには縦長の結構大きい看板がありまして、そこにいつもポスターを張っています。見つかったのは「三遊亭小遊三のスイング寄席」初期のポスター。小遊三師匠、お若い…!
せっかくなら展示に入れてしまおう、ということで、下の画像のような光景になりました。

午前10時からロビーを開放していたのですが、最初はパラパラと数人来てくださり、13時には開場を待つたくさんの方が展示を見てくださっていました。
終演後にご覧になった方は気づいたかと思いますが、展示の一番右端の空いている四角には、最終回のネタが前座さんの手書きによって入りました。だるまの目のようにこれで完成!という感じです。

公演は前座の夢ひろさんによるアレンジの効いた『寿限無』で始まりました。噺の中では寿限無の苗字が「杉田」と判明。
続いて遊七さんの『権助魚』、夢太朗師匠の『ねずみ』と続き、お仲入りに。遊七さんは第39回ぶりのご出演(9年ぶり)ということで、前座で出演された時の話をマクラでしてくださいました。
夢太朗師匠は初めてのご出演。最初で最後のスイング寄席で渾身のねずみをかけてくださいました。
お仲入りが明けると、これまた初めてご出演の鯉花さんの講談『出世の馬揃え』。聞きこむ噺に、笑うエネルギーを温存しておき、お待ちかねの小遊三師匠の高座へ!

マクラではスイング寄席が始まった当初のお話から、今回終わってしまう経緯について、笑いを交えてお話しいただきました。絶品のマクラでした…。
古今亭右朝師匠がお亡くなりになってから、当時の担当が関前にお住みの春風亭柳昇師匠に相談したそう。その時に「小遊三はどうか」という話になり、その場で小遊三師匠にお電話。大師匠から言われては断れない、と二つ返事で了承したそうです。
そのため最初の頃は柳昇師匠の弟子だけ出ていて、だんだん小遊三師匠の弟子も出られるようになった、とのこと。
「息も絶え絶えに23年間」「やるネタがないのよ」「話しながらなにやろうか考えてる」と言いながら(笑)、落語『代り目』へ。

夫婦の情愛が滲む『代り目』。終盤の心温まるシーンでは、いつも多くを語らない小遊三師匠からのスイング寄席への愛を(勝手に)感じ、目頭が熱くなりました。円熟味の増した今の師匠にぴったりな、素晴らしい高座でした。
マクラでもお話しいただきましたが、お仲入りのタイミングで事業団からささやかながらプレゼントをお渡ししました。
ケーキは和菓子で出来ており、練りきりで作られた小遊三師匠のお顔が中央に飾ってあります。奥様に見せなきゃね、ということでそのままお持ち帰り。『代り目』の噺と繋がるようで、ほっこりです。


終演後には展示の前で記念撮影。ケーキを大事に抱えていただきました。右の写真は出演者の皆様と、二列目中央に当事業団の理事長・竹内。


そんなこんなで、あっという間に名残惜しい最終回が終わってしまいました。展示は17時まで公開しており、終演後にもパラパラと見に来てくださったお客様がいらっしゃいました。
右朝師匠から引き継いで、ここまで務めてくださった小遊三師匠。ご出演いただいた芸人の方々。そしてスイング寄席に足を運んでくださったお客様。改めて、23年間ありがとうございました。皆様に感謝申し上げます。
もちろん武蔵野スイングホールはまだあります!し、落語の興行もきっとあるだろうと思います。今後の情報は新しい指定管理者からの情報をご確認ください。
この連載を読んでいただいたそこのあなたにも、感謝を込めて。小遊三師匠と、スイング寄席を応援していただいた皆様と、またお会いできますように!
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