3月24日
先日吉祥寺シアターで上演された作品が、とっても不思議な感覚で面白かったので、共有したいと思います。
円盤に乗る派『「いまのところまだ存在しているわたしのたましいが……」』
リヒャルト・ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』を「たましい」と「業(ごう)」をめぐる近未来の物語として変奏する。世界観の背景にあるのは資本主義と排外主義、そしてその結実としての戦争だ。絶望の時代の空気を通奏低音のように響かせながら、その中でも誰かのたましいと繋がることの可能性を問いかける。
『トリスタンとイゾルデ』はケルト民話をルーツとしているが、現代の目にはその物語はいびつで、奇妙なものに映る。ワーグナーが芸術の根拠と見ていた「民衆」の存在などはもはや信じることもできない。しかしその奇異な物語は、独特なありかたで我々に印象を残す。それはあたかも現代のメディア環境に散逸した、目的も文脈も不明なデータの残骸(誰かの撮ったどこかの写真、目的もわからなくなった音源や画像、失敗によって生まれてしまった数秒の映像……)が持つ不気味な懐かしさに似ている。ここには正しさも善悪もなく、何かしらの感情を動員しようという意図も、承認を得たいという欲求も欠いている。
物語は虚ろに語られてこそ現代において再生されるだろう。この時代では何が語られようとも、そこには絶望の影がある。決して埋まらない分断があり、不条理としか言えない戦争がある。他者に声は届かない。虚ろな物語はしかしこの環境の中で確かに再生され、孤高の存在論を示すだろう。
セリフのような、一風変わったタイトル。
『トリスタンとイゾルデ』をモチーフにしつつ、ストーリーを大胆にアレンジ。
生のオレンジを搾り器でジュースにして、トニックウォーター的なもので割ったみたいな感じ。
(この例えが合っているか分からないのですが、とっても素敵ということを伝えたいのです!)
表現は独創的ですが、原作のエッセンスが抽出されているから、オペラ通の職員もにっこりでした。
へんてこで、普段自分たちがしゃべるものとは違うけれど、なぜだか頭にスッと入ってくる不思議なことば。
ことばの量が少なく、シンプルな形にそぎ落としているからなのかな。そのことばを発する俳優さんも魅力的。
カートゥーンのように人間の動きを簡素化・デフォルメした、戯画的な演技体も特徴的です。
動きの核になる純粋な部分だけを提示しているようで、見慣れない動きのはずだけど、精神に直で伝わってくる。
今、わたしが生きている世界と通じあっていて、いま起きていることの断片がリンクする感じがします。
そして、関連イベントとして開催された『乗る派クラブ#2「♨」』も唯一無二の催しでした!
《乗る派クラブ》は、《円盤に乗る派》から派生して立ち上げられた企画チーム。
《乗る派クラブ》が、『「いまのところまだ存在しているわたしのたましいが……」』の上演されていない劇場空間を””間借り””。サウンド・プラクティショナー(音響実践家)の増田義基さんをお招きして、一日限りのサウンドシアターを開演します。
《乗る派》×「健康」をテーマに、テキスト・音楽・声をリミックスしながら、劇場型温泉♨︎をお届けします。どうぞ肩の力を抜いて、本編と合わせてお楽しみください。
一体どういうこと?
私も最初は、そう思いました。
何が行われるのか……何も分からないまま、劇場へ足を踏み入れると……
これは確かに温泉だ!!!
増田さんによると、吉祥寺シアターの横幅を水の流れる音で再現しているのだそう。
ロビーには般若心経の流れる卓球台(!?)も設置されていて、いつもと違う劇場の雰囲気でした。
私は吉祥寺シアターの不思議な空間がとっても好きなので、こんな風に劇場を拡張して自由に使用していただけている様子を見てとても嬉しくなりました……。
皆さまもぜひ、この「乗る派」の空気を吸って欲しいです!
今後の活動については、円盤に乗る派のInstagramをご覧ください♪(チャトラン)










