1月31日
【演劇コラム|上手な演技って何?】
皆さんは「上手な演技」ってどんな演技だと思いますか?
「リアル」「役に憑依している」「感情表現が豊か」などが、一般的なイメージかと思います。
「演劇」というと、熱血! 大きな声! 感情を爆発させる!といった印象を持つ方も多いと思います。
もちろん、そうしたスタイルの作品もたくさんあります。
しかし近年の演劇作品を見渡すと、演技の形はさまざまです。
抑揚を極力排したもの、歌うように言葉を紡ぐもの、さらにはラップで構成された作品(!?)まであります。
私が勤めている吉祥寺シアターは、最大189席のいわゆる「小劇場」に分類される劇場です。
そこでは特に、作品ごとにまったく異なる演技のあり方が立ち現れます。
「価値観の基準がたくさんある」って豊かなことだと思います。
なので、「上手な演技」というのもいろんな価値観の基準があることがもっと広がるといいなと思っています。
話は変わりますが、私は大学生のころ演劇サークルに所属しておりました。
そこで演劇の面白さを知り、かなり行き当たりばったりな形で新劇系の演劇研究所に入りました。
(俳優志望ではなく、裏方志望でしたが……)
新劇とは、歌舞伎や能などの日本古来の演劇(旧劇)に対して、明治時代末期に始まった日本の近代演劇のことです。
この研究所で、私にはいわば“コペルニクス的転回”が起こりました。
入所当初の私は、「演劇って感情表現が何より大事なもの」だと思っていました。
しかし、研究所で繰り返し教えられたのは「言葉を大切にすること」でした。
ちなみに「研究所」や「養成所」と聞くと、演技術をみっちり学ぶ場所を想像されるかもしれませんが、
私のいたところでは、いわゆる演技指導の授業はほとんどありませんでした。
テクニックの訓練などはなく、ひたすら言葉を大切にということを言われました。
では演技における「言葉を大切にする」とはどういうことなのか。
演劇では、アナウンサーさんのように流暢に、きれいに、内容を伝えることを目的に話すことを求めているわけではありません。
自分が今、何を言っているのか。その言葉は、なぜそこにあるのか。
その一語一語を丁寧に読み解き、戯曲の世界を構築すること……だと私は認識しています。
日本の演劇史の中では、新劇の「戯曲至上主義」や西洋中心的な考え方に対して対抗する「アングラ演劇」なども生まれています。
アングラ演劇もとっても魅力的なのですが、その話を始めると長くなってしまうので、また別の機会に……。(チャトラン)










